親子上場を規制する動き

2社の短期間での完全子会社化に際して、当時の金杉明信社長は「西垣浩司元社長時代にコア事業を分担する子会社も上場を目指すことで、企業価値が拡大し、相乗効果が得られるという結論で上場させたが、事業環境が大きく変わる中で、グループ全体にとって最適な施策を実現するために、上場子会社のままでは実行に制限があると考え、方向転換した」と述べました。NECは2002年にはDRAM以外の半導体製造を行うNECエレクトロニクスを会社分割で設立して、70%の株式を保有したまま上場させました。2007年には親子上場問題に目をつけた投資ファンドのペリー・キャピタルが、NECが保有するNECエレクトロニクスの株式を大幅なプレミアムで買い取る提案を行いましたが、NECは拒否しました。NECエレクトロニクスは2010年3月期まで5年連続で最終赤字を出した後、2010年4月にルネサステクノロジと合併し、ルネサスエレクトロニクスになりました。

富士通も2001年に3年前に上場したばかりの富士通システムコンストラクションを完全子会社化しました。当時の高谷卓副社長は「上場時は工事会社はコア事業ではなかったが、現在はコア事業だと見方を変えた」と説明しました。2004年に完全子会社化した富士通サポートアンドサービスは上場年数が6年でした。2009年8月に富士通ビジネスシステムも完全子会社化し、情報システム会社を手がける国内子会社の整理・統合がかなり進展しました。

ファナックは1972年に、富士通が工作機械向けの数値制御装置事業を分離した100%子会社「富士通ファナック」として発足しました。ファナックは世界を代表するロボット会社に成長して株式時価総額も急増したので、富士通は本体事業が不振に陥るたびに、ファナック株を売却して損失をカバーしてきました。富士通はついに、2009年8月にまだ5%保有していたファナック株のすべてを売却し、資本関係を断ちました。富士通の野副州旦元社長が2009年9月に無理やり辞任させられたとして(当初は健康上の理由と発表)、その取り消しを求めている問題は、富士通が66%の株式を保有する上場子会社のニフティの再編問題がきっかけでした。上場大企業としては呆れるような内部抗争ですが、上場子会社にはそれだけ新旧役員の思い入れが入っていることを示す事例ともいえます。

政府から、安易な親子上場に歯止めをかけよう七いう動きも出てきました。2009年6月に金融庁の金融審議会が、親子上場について「利益相反関係が適切に管理され、親会社による権限乱用が適切に防止されるような実効性あるルールの整備が検討されるべき」との見解を出しました。2007年に東証は、親会社を持つ企業の上場は、市場関係者にとって必ずしも望ましい資本政策とは言い切れないとの見解を公表しましたが、具体的な上場規制には至りませんでした。日本では大手証券会社も持株会社方式を取り、上場子会社を持っています。事業会社が子会社を上場したり、完全子会社化するたびに、証券会社には投資銀行手数料が入るので、証券会社も親子上場の禁止には熱心でないように見えました。

しかし、東証における新規の主要な親子上場は2007年10月のソニーフィナンシャルホールディングス以降、なくなりました(ジャスダックでは2008年2月に、セブン銀行の上場がありました)。東証は上場規則で親子上場を禁止はしていないものの、上場審査の段階で、親子上場は好ましくないという原則を実行しているように見えます。民主党は2009年8月に政権を獲得する前から、親子上場や持株会社のガバナンスが十分でないと指摘していました。政権獲得後には、企業の親子上場を制度的に厳格化することを検討しています。2009年12月に投資情報端末のブルームパークは「民主党が企業の親子上場禁止を制度化する方向で具体的に動き出した」と報じました。民主党議員の発言を引用しながら、親会社は上場子会社の株式をすべて買い取るか、保有比率を3分の1以下に引き下げる必要が出てくると報じました。