社会制度の作り直し

エンターテインメント分野の朗報といえば、ビデオソフトがネットワークで借りられるようになることである。現在、ビデオを見るのは、心理的な力べが厚い。ビデオソフトを借りにレンタルショップまで足を運ぶのも面倒だが。楽しみが終わった後に返却に行くのはもっと白けた思いがする。自宅でビールでも飲みながら手軽に好きなビデオを安い利用料で楽しめるのなら、マルチメディア時代よ早く来たれ。

人々の勤務形態も影響を受ける。取引先との交渉、社内の会議、通常の業務の処理などはネットワークを使って実行することができる。実際、松下電器産業の情報通信研究所をはじめとして、社内会議でも一堂に会することがなくなったところもある。自分の席のテレビカメラつきのパソコンを使って参加者全員が在席したままテレビ会議を開く。米国の研究者の間ではかなり普及している。会議室がなくて済む。自席にいるので必要ならば他の仕事をやりながら会議に参加する、という芸当が可能である。もちろん、遠隔地のオフィス間ではもっと効果が大きい。出張して会議に参加する時間や経費が節約できる。「テレワーク」の発想も広がる。

どうせ、同じビル内にいてもマルチメディア装置を通じて仕事をするなら、通勤せずに自宅にマルチメディア装置を置いても仕事の内容は変わらないかもしれない。一部の職種では自宅で仕事をする「在宅勤務」や近隣のオフィスを拠点に仕事をする「サテライト勤務」などが広がるだろう。これはかねて言われたとおりだが、現在のパソコンでも安いコストでテレビ電話やテレビ会議ができる機能が備わりつつあり、その実現可能性は一段と大きくなっている。米国では、パソコン通信などを利用した在宅型勤務者は九四年で八百八十万人に達した、という調査もある。

社会制度の作り直しも大規模に必要だろう。これまでの人類はマルチメディアの存在を予測しないで仕組みを作ってきた。現在の社会は、マルチメディアがない時代にその環境の中での最適を求めて作り上げてきたものである。法律や規則などの社会ルール、学校や家庭での教育体系、産業や企業の在り方など、作り直しが必要な対象は社会の仕組みのすべてに及ぶだろう。そのいくつかは、変革に手がつき始めたが、まだまだ解決しなければいけないことは山ほどある。

マルチメディアを基盤にした新しい社会に移行するには、壮大な社会の作り直しが必要であるだからだ。その社会の作り直しをわたしは、社会体系の根本的な革新という意味で「ツーシャループロセスーリエンジニアリング(SPR)」と呼んでいる。これまでのところ、SPRという用語は米国の文献などでもお目にかかっていない。わたしの造語であるが、もし、SPRを使っている経営学者の方がいれば。それはきっとここで使う意味とは違うかもしれないので、注意されたい。用語法はそちらの方が正しいだろう。わたしは経営学者の方と用語法で争う自信はないので、あっさりと引き下がることにしたい。

にもかかわらず、わざわざ慣れない英語を使っているのは、理由がある。SPRは単独で突然現れるのではないからだ。企業内部で激しい組織変革を引き起こすBPR(ビジネスープロセスーリエンジニアリング)に続いて、その延長線上に起こるのがSPRである。最初の節で詳しく述べた「新聞革命」を例に説明しよう。新聞記者が現場でパソコンを打って記事を作成するようになって、新聞社の業務プロセスや組織形態は大きく変化した。原稿作成から送稿、コンピューター入力、校閲などのプロセスが根本的に簡略化したが、こうした企業内部の業務体系の作り直しを、経営用語ではBPRと呼んでいる。