テラスハウスの売り出し

長井さんは、売買が大変に難しいテラスハウスのリフォーム販売に挑んでいた。テラスハウスは「連棟長屋」といわれる建物がつながっているタイプの家である。一軒の家だけを建て替えても、なかなか人気が出ない種類のものだ。そのテラスハウスは、築二二年、一五坪の土地に二〇坪の建物、階下には車庫も付いている。周辺の同じ広さの新築物件ならば五〇〇〇万円を越える。長井さんはリフォーム後の価格を一八八八万円に決めた。そしてパソコンに向かい、手作りのチラシを五〇〇枚作った。その五〇〇枚すべてを、自分の手で近隣地区にまいて歩く。広告費を最小限に抑えることで、販売価格を低くするのだ。何から何まで、一人でやる長井さん。

テラスハウスの売り出しの日、長井さんは家の前に立って、お客さんが来るのを待っていた。フルリフォームした一階はまるで新築のようだ。二階の和室は襖と畳を変えたくらいだが、洋間は白を基調にレンガ調の壁紙を用いて広さを演出。さらに、バブル期の物件に特徴的な八畳の広いロフト、天窓も備わっている。長井さんの期待通り、販売初日からたくさんのお客さんが訪れた。「中古なんだけど、見る価値ある、絶対!」とすぐに携帯電話を手にした中年女性、「冷蔵庫をどう置こうかしら」と思案げの主婦、ロフトが気に入った様子の若い新婚カップル。

初日の夕方、早くも購入を決めた奥さんが現れた。現在の住まいは借家で、家賃は月一二万円。息子、娘、孫の四人暮らしだが、家が狭くて食事のたびに、食卓がわりのコタツを出さなければならない。ご主人は、三年前から名古屋に単身赴任している。家族の夢は、食卓テーブルをデンと置けること。息子さんは、すでにロフトを自分の部屋にする様子だ。ところが、長井さんは頭を抱えた。この家族の希望は、頭金なしの三五年ローン。新築住宅の場合、住宅ローンは本人に問題がない限り、物件が担保となって、大抵の銀行が融資してくれる。だが、中古住宅の場合、物件の条件によっては担保価値を認めない銀行があるのだ。中古のテラスハウスは売買が難しいため、それを担保に融資する銀行はほぼゼ口である。

「やるだけやってみるか」そう言って、長井さんは金融機関巡りを始めた。いくつもの金融機関を巡って、たった一つだけ長井さんの信用で、ローンの申請ができる銀行があった。しかし、借主が首都圏在住者に限るとの条件が付いていた。ご主人は今、名古屋に住んでいる。結局、ローンはおりなかった。夢が叶わなかった奥さんは、「貧乏人はあくまで貧乏人で、家を買えないのか。あんなに安くてきれいな家は、もう出ないですよね」と無念そうだ。手塩にかけてリフォームしても、家の価値をなかなか認めてもらえないといのが、日本の中古住宅の現状だ。テラスハウスの売買は白紙に戻り、長井さんはまたチラシ配りから始めなければならない。

「買えない人は買えなくていいよと、金融機関は門戸を狭めている。購入条件は、厳しいまんまです」そう語る長井さんだが、諦めてはいなかった。新しいチラシを、あの奥さんの家のポストに入れてきた。チラシには新しい物件の情報に加えて、「みなさまのお力になれますよう頑張りますので」という手紙が添えられていた。それを読んだ奥さん。「力になってもらおうじゃないの」と笑顔を広げた。長井さんと、この家族は夢のマイホームヘ向けて、また共に歩み出すことにしたのである。