ピラミッド組織の崩壊

企業の中に情報システムが浸透していくことによって、最近では「課長」が不要になりつつある。トヨタ自動車、ホンダ、日本生命保険など、これまでの職制としての課長をなくした企業が一時期話題になった。フラットな「なべぶた型組織」を目指すというのが理由だが、この変化を促した原動力は花王の販売会社を統合したのと同じものである。つまり情報システムが浸透するにつれて、情報伝達の効率が悪かった時代に作った組織を根本から作り直すというのが、この変化の本質である。テレビ電話、テレビ会議、マルチメディア通信、マルチメディア移動通信と、さらに情報伝達の効率がアップする。組織はさらに大きな変革を実行せざるを得まい。

上司からの指令を課員に伝達し、課員の仕事ぶりを上司に報告することで自分の仕事をしていると錯覚してきた「課長」は、実は情報の中継機能を果たしていたに過ぎない。情報伝達を人間から人間への「電報ゲーム」でまかなってきた時代には、それも必要だったかもしれないけれども、情報ネットワークが機能し、効率的に情報が伝えられる環境が整えば、情報中継機能である「課長」は邪魔なだけである。

日本長期信用銀行系列のソフトウェア開発会社、長銀情報システムでは、全社をパソコンネットワークで結んでペーパーレスの職場環境を作り上げた。業務はすべてパソコンの画面で遂行する。伝票や紙の書類はなくなった。会議の資料もなくなり、コンピューターの画面を見ながら議論を進めるので、議事録も効率よく完成する。後で会議の内容を検討するのも簡単である。

しかし、慎重な銀行系列の企業のためだろうか、情報ネットワークを通じて臭議案を検討する「電子粟議書」の運用だけは、従来の手順を踏襲している。秦議案は起案者がパソコンで作成するので、そのラインの上司は作成時点から内容を点検することができるが、認証だけは、係長、課長、部長、役員、社長と、順番にしか回って来ない。途中のジャンプはさせない。もしジャンプさせて先に上司が承認してしまえば、中間の管理職は意欲を失ってしまう。

ここで社長のいらいらが始まる。社長は全部の棄議案について起案当初から内容がみられる。その時点で、途中の管理職がどういう判断をしようが、トップとしての諾否の態度が決まってしまう案件が大半だそうである。ところが、早く決済したい菓議案が途中で止まったままなかなか上がって来なかったり、最初から無理だと分かり切っているのに途中で却下されずに、そのまま上がってくるなど、管理職が必ずしも機能していないことが丸見えになってしまった、というのである。情報を伝達するだけの中間管理職だった。それも判断のスピードを遅くさせる「遅延伝達」の組織である。

パソコンネットワークが社内に浸透すると、こういう具合に無駄な仕組みが「丸見え」になる。丸見えになった後には、不要な中間管理職に大ナタをふるう、根本的な組織改革が待ちかまえているのは、論をまたないだろう。マルチメディアの進展でテレビ電話やテレビ会議が簡単に利用できるようになると、BPRはさらに加速する。

ピラミッド型で全国に根を張った組織の変化も急である。たとえば農協のような組織も情報システムの発展によって大きな圧力を受け、変容せざるを得ない。農家の情報は、地域農協−都道府県農協連合会−全国農協連合会という三階層を経て市場や中央官庁に伝えられる。市場の情報や中央官庁の政策は逆に、全国農協連合会−都道府県農協連合会−地域農協の三階層を経て農家に届く。情報伝送が効率よく行えない時代には、こうした組織によってていねいに情報をバトンタッチしていった。人間から人間へである。

しかし、地域、都道府県、全国というこの農協の組織は情報を中継する以上に、いったい、どんな機能を果たしてきたか。確かに職員はみな額に汗して仕事をしてきたが、それは本質的には人間の手によって情報を伝達するためだけの努力だったのではないか。米価を決める審議会の会場の前でむしろ旗を掲げてデモをするのも、情報を人間が伝達する原始的な方法でしかない。もしそうなら、これらはみな、情報システムの進展によって消えて行かざるを得ない仕事である。